本日の仏参は11組担任で英語科の古川先生の講話でした。
中学陸上部の顧問でもある古川先生は、『金栗四三-消えたオリンピック走者-』という書籍を紹介しつつ、次のように話されました。
金栗四三氏は日本が初めて参加した第5回近代オリンピック ストックホルム大会のマラソン競技に参加しました。当時金栗氏は東京高等師範学校(現在の筑波大学)在籍中で、当時の学長嘉納治五郎からの勧めもあり、予選会を勝ち抜いて得た代表でした。オリンピック本番では途中で体調を壊してしまい、意識を失い近くの農家で介抱してもらって翌日回復したという状況で、残念ながらマラソンレースでゴールすることは出来ませんでした。帰国後金栗氏はこの挫折の経験から、「日本の陸上界を盛り上げることで恩返しをしよう」と決意して、その後さまざまなマラソンに出場してさらに東海道(京都-東京)を走り継ぐ現在の駅伝のルーツとなる大会を開催したりしたそうです。この大会が現在の箱根駅伝です。このように金栗氏は「自分で何かできないか」と問い、人々に働きかけ、日本の陸上界に貢献されました。その後ストックホルム大会55年記念マラソンにも招待され「54年ぶりのゴール」とたくさんの方から祝福されました。日本では金栗氏は「箱根駅伝の父」、「日本陸上の父」と呼ばれています。
挫折から学び、考え、行動すれば、その姿がまわりの人々の心を動かすものです。
最後に、先述の書籍の一節「何事も布石を敷くのはたいへんなことだ。・・・黎明の種となれ!」から「平安の黎明の種となれ!!」とエールを頂きました。