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1月29日 仏参 2021年02月01日(月)00時38分

「お浄土に帰るということ」

 今日は本願寺から布教師の野田茜先生に来校いただきお話を聴いた。

 「お浄土へ帰る」ということを言いますが、帰るとはどういうことでしょう。帰るのであれば、私たちはお浄土から来たのでしょうか。お浄土には懐かしい人がたくさんおり、そこへ阿弥陀様が連れて帰ってくれると言います。
 
 みなさんは大切な家族を失った経験がありますか? 私は高校で祖母を、大学で祖父を失いました。
 祖父はお寺の住職をしており、優しく、穏やかな人でした。頭が禿げていたから「お地蔵さま」のような感じでした。その祖父は大変苦労をしたと聞きました。8歳までに父親を失い、母に育てられたようです。その母も病弱で子どもを育てることができなかったので、祖父は親戚を転々として暮らしたそうです。祖父は早く大人になり、自分の母親と過ごすことを夢見たようです。また母親も祖父と暮らすことを夢見ており、たまに帰ってきたときには林檎を食べさせてくれたようです。
 ところが祖父は兵隊にとられ、中国戦線へ送り込まれました。「絶対に死なない」と自分に言い聞かせたようです。敗戦で帰国の途に着き、母親の元へ戻ったといいます。帰国をそれはそれは首を長くして母親は待っていたといいます。そして思いがかない、一緒に暮らし始めたのです。その後祖父は結婚し、祖母と一緒になったこと聞きました。
 祖母がお浄土へ帰った後、祖父の調子が悪くなってきました。足が悪くなり、認知もおぼつかなくなってきました。私は祖父と一緒に暮らすようになりました。ある夜、突然「おかあちゃん」と大声で叫んだ祖父の声にびっくりして起きました。夢に見たのでしょうか。その後肺炎になり入院をして治療を受けました。退院後、またうちへ帰ってきたのですが、死を覚悟したのか、とても穏やかになりました。そして帰ってから「林檎が食べたい」といったので、林檎を擦って食べてもらいました。その時「母が待っているお浄土へ帰れる」というようなことを言っていました。しばらくして祖父は亡くなってしまいました。
 「お浄土へ帰れる」という祖父の言葉は、祖父の人生からとても理解が出来ました。阿弥陀様がお浄土へ帰してくださることは、とても意味があることなのです。

 同じ人生を生きてきた人はいない。その中で「出逢い」があり、「別れ」もある。また「楽しい」ことや「辛い」こともある。誰一人その「楽しさ」「辛さ」は同じものではない。同じ場所で同じ時間を過ごしたとしても。それまでの人生が「その時」を一層「楽しく」したり、「辛く」したりするのだ。
 自分の原体験を振り返って、「今」の自分について考えて欲しい。